社長ブログ
2017年01月27日

「すみません」の国

榎本博明著「『すみません』の国」

読みました。こんなことが書いてありました。


【コミュニケーションの役割について】

欧米社会と日本社会では、コミュニケーションが担わされている役割が違う。

欧米社会においては、コミュニケーションは自分の意見や思いを相手にできるだけ正確に伝えるための手段であり、はっきりと言葉で伝えることで説得しようとする。自分の意見や思いをストレートに押し出す。それがコミュニケーションの役割だ。したがって、対立意見を闘わせるディベートが盛んに行われる。
これに対して、日本社会においては、コミュニケーションは良好な関係を保つための手段であり、自分の意見や思いを正確にわかってもらおうという意思は乏しい。説得しようとするわけでもない。お互いの対立点をぼかして、「何となくいい感じ」の雰囲気を醸し出そうと努力する。ゆえに、あえて自分の意見や思いをはっきり伝えることは避けて、曖昧な表現に終始する。

【日本のコミュニケーションは「意思を伝える」手段ではない】
重要なのは、相手の出方を窺い、それに合わせて自分の出方を決めること。相手の思いと自分の思いを、いかに調和させるかに腐心することになる。

ページの先頭へ